才能にはいろいろな種類があり、学校の勉強はそのうちの1つでしか無い

雑記
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このページでは、個人の才能の種類、勉強だけが重要なことではないことの根拠について記載しています。
これはコルベインデックスという本能をタイプ分けするテストについて、投資家で教育者のロバート・キヨサキ氏の著書「金持ち父さんの子どもはみんな天才」で述べられている部分です。

ファイナンス関連の著書が多いロバート・キヨサキ氏ですが、この書籍は子どもへのファイナンス教育を主体として、個々の子どもたちの才能、個性、特性についても言及しています。

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学校の勉強だけが”すべてじゃない”どころではなくごくわずか

そのなかで、ハワード・ガードナー氏の書籍からの引用部分がありました。
ロバート・キヨサキ 氏自身もADHD(注意欠陥多動性障害)で、学校教育とは相容れない部分が多かったとのこと。

こんにち、TVやネットでADHDや発達障害といった単語を見ることが多くあります。
ただ、それが本当に障害なのか、単に学校教育と違う方向での才能を持っているのかは慎重に判断するべきだと思います。
「学校でそう言われたから」決めつけるのも早計です。
学校は、たいていは学校で優秀な成績だった人たち(下記の「言語的才能」に恵まれた人)が学校の教育システムのルールで子どもたちを採点する場所だからです。

P46 ハワード・ガードナー著書より引用

1980年台はじめに、ハワード・ガードナー という人が”Frames of Mind(心の構成)”という本を書いた。その中で彼は、人間には次のような7つの異なる才能 -あるいは知能- があると書いている

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ハワード・ガードナー提唱の7つの才能

主に学校教育で重視されるのが言語的才能。最近は子どもたちの個性を引き出す方向にシフトしていっている面もありますが、基本的に数値で管理されるのは言語的才能、つまりIQ。

1.言語的才能
現在の教育システムが人のIQを測る基準としているのはこの才能だ。読み書きのために人間が生まれつき持っている能力を示す。情報を集めたり、交換するのによく使う方法のひとつなので、この才能は非常に重要だ。ジャーナリスト、文筆家、弁護士、教師などは多くの場合、この才能に恵まれている。

こちらの数学的才能は学校教育には含まれない(範疇を超える)ことも多々あります。
数学的才能で思い出すのは「容疑者Xの健診(東野圭吾原作)」の映画版で堤真一が演じた石神哲也。まさにこういったイメージです。

2.数学的才能
これは数字で表されるデータを取り扱う才能だ。当然ながら、数学者はこの才能に恵まれている人が多い。世紀の教育を受けたエンジニアは、言語的才能と数学的才能の両方に恵まれている。

いわゆる芸術家的センスが空間的才能。3次元的、感覚的、直感的。

3.空間的才能
芸術家やデザイナーなどの創造的な仕事に関わる人の多くがこの才能を備えている。建築家は1から3までの才能を兼ね備えていなければならないとも言える。なぜなら、その仕事をするには、言葉、数字、それに創造的な設計の能力が必要だからだ。

スポーツ選手に多い身体的才能は、筋力や柔軟性もそうですが、それだけでは説明のつかない身体センスも含みます。体の使い方を通して学習するという言語的才能とは異なる学習スタイルが特徴です。

4.身体的才能
優秀なスポーツ選手、ダンサーなどが持っているのがこの才能だ。身体的才能には恵まれているが、学校の成績が悪いという人はたくさんいる。そういう人たちは多くの場合、何かをやることによって学ぶタイプの人だ。この方法はよく実践的(ハンズオン)学習方法と呼ばれる。身体的才能に恵まれた人は、機械や建設に関わる仕事に興味を持つことが多い。日曜大工や料理教室が大好きという人もいるかもしれない。このタイプの人は見たり触ったりやってみることによって才能を発揮する。レーシングカーを設計する人には1から4までのすべての才能が必要だと言っていいだろう。

音楽的才能は確かに別格の威厳があります。絶対音感と呼ばれるものもそのひとつ。

5.音楽的才能
これは楽器を手にすると、すぐにそれに馴染んでしまう人たちが持っている才能だ。そういう人たちは音楽を聴くとまるで魔法のように、耳にした音が何であるかが分かる。この種の才能を持っている人は、交響楽団やロックバンドに参加するなどして音楽的な活動をしているときに一番幸せを感じる。

コミュニケーション力も才能とひとつと定義されています。引っ込み思案なこどもでも対人関係を築けない人でも、”全てにおいて劣っている人間”ではありません。

6.対人的才能
他人と気軽に話ができる人たちが持っている才能がこれだ。カリスマ的な魅力をもつ話して、偉大な歌手、説教者、政治家、俳優、セールスマン、講演者などはたいていこの才能に恵まれている。

最後は自分と向き合う内省的才能。EQというのもここ最近よく聞くようになりました。

7.内省的才能
よく「感情面の知性(WQ)」と呼ばれるのがこの才能だ。つまり私達が自分自身に何を語りかけるかがこれにあたる。たとえば、恐怖心を抱いたり怒ったりする場合、この才能が働く。私たちは頭脳的な知識の不足ではなく、失敗を恐れる気持ちのせいで失敗することがよくある。私の知り合いにも、学校の成績はよかった、間違いを犯したり失敗するのが怖くて、実力以下の成功しか得られない頭のいい人がたくさんいる。本来なら金儲けを楽しめるはずなのに、お金を失うことに対する恐怖心が大きいというだけの理由で金儲けが出来ない人はたくさんいる。

「学校の成績は良かったが実社会でパッとしない人」が「元おちこぼれの成功者」をやっかむ「なんであいつが・・・」という愚痴も、この考え方ならスッキリ説明を付けられます。

学校の成績がよかろうがそれは言語的才能によるランク付けをされている学校という特殊環境にいたからであって、それが人としての序列ではありません。

皆それぞれの才能があり、それを引き出してくれる場所ではなかったというだけのことです。


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